支部長の部屋

二人の師匠

2014.03.04

私の格闘技人生における師匠は二人。

一人は実践空手、極真会館の師匠で「空手バカ一代」で名をはせた 故、大山倍達総裁の高弟で、
第1回全日本オープントーナメントで主審も務めた 関川博明師範です。

もう一人は現在の師匠、言わずと知れた格闘技界のカリスマ、キックボクシングの伊原信一会長
です。

私は小学校時代、少年野球をやっておりましたが 子供の頃によくある野球肘で
ボールが投げられなくなり、門を叩いたのが空手の極真会館でした。

その当時は「空手バカ一代」がブームに成りつつあり、 キックボクシングもテレビのゴールデン番組で放映されたり(伊原信一会長も大活躍されておりました) 格闘技ブームの全盛期を迎えつつありました。
小学校で書いた作文「将来の夢」の一つに「キックボクサー」と書いたことを思い出します。

当時の空手と言えば“寸止め”というルールが主流で“直接打撃制”は極真会館だけでした。
身長は165㎝と低いのですが、小6から空手を始め体重無差別のルールの中で育ってきた私は
生意気にもそこそこいっぱしの自信を持っておりました。 がしかし、伊原信一会長に出合い
衝撃を受けることになります。

一言でいうと物が違う・次元が違う…もっと言うならお話にならない、それ程の「格」の差が
有りました。

己自身で命懸けで技術を考案し技を高めてこられた方と、 築かれた技術と技を
人から学んで腕を磨いただけの者の大きな「格」の差でした。

とかく昔から格闘技の「先生」と名のつく方は、肩書こそ立派ですが「おやっ?」と思わされる方も多かったので、 私は自分の目で確認しないと納得しないたちになっていたのです。
今も昔もそうですが、それは格闘技の腕前だけでなく人柄や生きざまにおいてもそうです。

大体自分から自慢げに話し始め、虚勢を張る輩にろくな者はおりません。
ところが若いころ私の目に飛び込んできた伊原信一会長の姿は、まさにオーラの塊で
コンクリートで頭を殴られたような、そんな衝撃が走ったのを覚えております。
それは今更あれこれ確認する必要など全く無いものでした。

今でもそうですが、師と一緒に練習するときはキックボクシングを習うというよりは
伊原信一という男の“生き方”を習う、そんな気持ちになります。

私と伊原信一会長は年齢でちょうど10歳離れています。したがって伊原会長は今年で63歳という事になります。
今でも毎日、朝・晩と練習生のミットの相手をし、トレーニングを欠かさない生き方…あの肉体を
見ればわかりますが 凡人の出来ることではありません。

今まで空手・キックボクシングを問わず色々な格闘技の「先生」と言われる方々にお会いして参りましたが、 現役を引退したのちも生涯ストイックに修練されている方はまず稀です。
そこには師、伊原信一という一人の男が歩んできた“いばらの道”が見え隠れするのです。

私は「伊原信一」にはなれませんが、その技・精神・心を少しでも正確に弟子たちに伝えていきたい …そう考える様になりました。
現在でも伊原信一会長とは月に2~3度、直接指導をしていただきながら「伊原イズム」を勉強しております。
師匠の伊原信一と弟子の私にとっては「キックボクシング道」=「伊原イズム」=人生において
「生きること・負けない事」なのですが、なかなか師匠の様には・・・。
頑張りま~す!

稽古中の伊原信一会長と乙川敏彦支部長

稽古中の伊原信一会長と乙川敏彦支部長

 

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